わたしのこと
1979年2月14日 神戸にうまれる。
愛称:子宮ちゃん(名前をうしろから読むとこうなる)
17歳のとき、夢見ていたダンサーになる道を突如変更。医療の世界に飛び込む。
18歳で母と子の上田病院(産婦人科・小児科)入職。お産の現場をはじめて知る。
20歳のとき准看護師免許取得。
引き続きお産の現場でさまざまな経験を積み、妊娠〜出産〜産後のおかあさん&赤ちゃんケアを幅広く学び実践者となる。
30歳で結婚。
32歳で第一子を自宅出産でお迎えする。
34歳 第二子を自宅出産でお迎え。自分でとりあげる。
36歳 第三子を病院出産でお迎え。
天と地がつながり自分が筒になるお産を体験。
「赤ちゃん」と「お産の神さま」と「わたし」の三位一体となってするお産のダイナミックさと、今まで経験したことのない絶対的な安心感に包まれながら、心地いいお産を体験する。
妊娠中は自分にとって心地よいお産について学び、それに向けてココロとカラダづくりを日々研究、実践した。
3人の妊娠出産子育てをしながら産後ケア施設や病後児保育室に勤務。
ワンオペ&2学年差違いの子育て親育ちに奮闘し、さらにはパートナーシップの難しさに直面。
「子育て中のおかあさんってなんて大変なの!」と気がついたら地域の産後のおかあさん支援に夢中になる。
学びを深めるのが楽しくって「認定対話師」「認定産後ドゥーラ」になる。
バースエデュケーター養成ベーシックコース修了。
40歳のとき、本質のわたしに戻るための転機が訪れる。
突然激しい眩暈におそわれて倒れ、救急車で緊急搬送、そのまま入院となる。
救急車で運ばれている最中、カラダはほんとうにしんどかったけど、高次の存在らしき人が救急車の中で微笑を浮かべて祝福の金の粉をまきながら拍手しているのをみる。それをみながら「高次の存在は優雅だなぁ。肉体をもつこっちの身はけっこうキツいんですけど〜」と愚痴りつつも、このタイミングを迎えることができて心底安堵している自分もいた。ほんと不思議な体験。
原因不明のまま治療方法もわからないまま退院。
その後はさまざまなことを試みながら、自然療法の面白さに出会い実践しながら在宅療養を続ける日々。
本質の自分に戻る旅は順調そのもので、倒れるまえよりずっと幸福度があがる。
以前よりも自分のことが好きになれた。
条件付きの愛から無条件の愛へ。他人軸から自分軸へ。さなぎから蝶々へ。お稽古シフト中。
「ありのままの自分がいちばんいい^ ^」をワクワクとともに探求している。
43歳のとき日本胎内記憶教育協会認定講師になり、
赤ちゃんやこどもたちが教えてくれる胎内記憶の世界からみた「いのちとは」「生きるとは」「愛とは」「本質の在り方とは」をみんなで対話しながら、笑いあり涙ありで一緒に感じ学び合った。
アルトサックス奏者
現在は主にオンラインで、
全国の子育て中のおかあさんや妊婦さんたちと楽しくおしゃべりをしながら笑顔と癒しの循環を共同創造している。